2005.03.21

ひと段落

今日は朝から快晴のもと菩提寺で四十九日と納骨を身内だけでですが済ませてきました。そのあと会食のかわりに身内だけで近くのレストランで食事をして帰ってきました。
帰ってから仏壇を開けて位牌とご本尊を並べて遺影を仏壇の上、父親の写真の隣にかけたところでドッと疲れがでてそれからしばらく眠ってました。

夜、起きてから仏壇を見ると、母が亡くなっておよそひと月半経ちますが、ようやく位牌となってですが両親が並んでいるのを見てなんともいえない感じです。
父親が亡くなったのはもう23年も前のことですが、また一緒になれたということでしょうか。

まだこの団地の部屋を明け渡すまですることはいろいろありますが、とりあえずひと段落ついた感じです。肩の荷が下りたというか。

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2005.03.18

目が充血中

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なんか花粉症が一気に目にきたようで一日中涙が止まらず、鏡を見るともう目が真っ赤です。
職場でみんなに大丈夫?と心配され、かなり辛かったので目薬と目の洗浄剤を買ってきました。
あんまり効かないような…

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2005.03.06

位牌

昨日は午前中に葬儀の際にお世話になった母の友人の方にお礼に伺った。
20分くらいのところなので歩いて行ったのだけど、途中に通っていた小学校があって、その通学路の変わり様が道中新鮮だった。
しかし正門は固く閉ざされていて、それを遠目に見たのだけど、門まで行って中を覗こうもんなら職務質問とかされちゃうのかしら、とか考えると、なんとも世知辛い世の中になったものだと思う。
帰り道もルートを代えてのんびり歩いて帰宅。遅めの昼食をファミレスにでも行こうかと考えて、ふと、通夜の日の夜にお店を閉めてからかけつけてくれた近所のとんかつ屋さんを思い出して、そのお店に食べにいった。このお店は夜はちょっとした居酒屋のようでもあって、母は友人たちとよく利用していたようだ。そういえば2,3度だけどこの店でぼくも母と食事をしたことがあった。
その店からほど近くの着物屋へ生前に母が染み抜きに出していた着物を引き上げ、その足でペットショップで買い物をして帰宅。

昨日の夜、母の日本舞踊の先生が線香をあげにみえた。そもそもこの先生が亡くなった母を最初に発見してくれたのだ。がしかし、母の葬儀の直前に先生のご家族にも不幸があったために昨日まで先生は来られなかったのだった。ほぼ一月ぶりの対面に先生は大いに泣いて下さった。こちらも涙が止まらなかった。しばらくお話をして、帰って行かれた。
先生が来ていただけたので、ようやくほっと出来た。

これまでそういう類の情報にアクセスすることは無かったのだけど、最近やっと葬儀関係の情報サイトなどを見て回るようになった。当時もそうは思っていたけれども、本当に母の友人たちには助けていただいた。そのありがたみをひしひしと感じている。なにせ知らない初めてのことばかりだったし。

で、四十九日までに白木の位牌から本位牌を用意しなくてはいけないので今日は仏具店へ。ネットでもなにやら格安で承ります、みたいな業者がたくさんあるのだけど、こういったことはまあ普通にしたい。それでタウンページを開くとTVCMもよく見る大手のショップが近所にあったので、そこへでかけた。
店員の対応もよくて安心してお願いできた。が、なんとなく気分的には落ち込んでしまい、駐車場で車に乗り込んでからしばらく動けなくなった。なんともやるせないかんじになってしまったので、まっすぐ帰るのもなんなので、少し離れた大型店舗の書店へ。本屋でぶらぶらして気分を紛らわせていたら“つかこうへいの新世界”というムックを見つけて思わず購入。来週チケットのとってある熱海殺人事件の最新バージョンのセリフがいくつかある。そのセリフの熱さに少し元気をわけてもらう。
それからスーパーで大量に食料品とアルコールを買い込んで、帰宅した。

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2005.02.16

葬儀が終わって

葬儀は昨日(14日)初七日まで無事に済ませることができました。

母が亡くなった翌日に駆けつけてくれた母の友人たち5名のおばさまたちが最初から最後まで世話をやいて下さったおかげで、立派に送りだせたと思います。彼女たちの支援がなかったら、とてもじゃないですが大変なことになっていたかも知れません。たとえば葬儀社の担当者の方との打ち合わせでも言葉だけのやりとりで「一般的な」で行き違いがあって、霊柩車を頼んでいたつもりが寝台車で話が進んでいたりしたのを、彼女たちが最終的に葬儀社で確認を取ってくれたおかげでちゃんと霊柩車を手配することができたりと、もう本当に頭が下がります。

人間、持つべきものはいい友人です。

通夜にはぼくの地元の友人も4人来てくれて、遅くまで話し相手になってもらいとてもありがたかった。

また、通夜の夜、最後に母と会って話をしたという方がわざわざ来て下さって、最後に会話したときのことを聞かせてくれました。ずっと7日に電話をもらってすぐに倒れたのでは、と思っていたのですが、その方はその翌日8日の午後、いったん車で出かけて帰ってきて駐車場から出てきたあたりであったそうで、そこで少し立ち話をしたそうです。死亡推定時刻が9日未明ということだったので、1日以上も苦しんでいたのかもしれないと思っていたのがそうではないことがわかり、それだけでもよかったです。それにしても、だったらとっとと病院へ向かい入院してくれていればとも思いますが、まあ、過ぎてしまったことは仕方ありません。

今回ほど「親孝行したいときには親はなし」ということが身にしみたことはありません。おそらくこの団地のこの部屋は明け渡さなければならないようですが、数ヶ月は大丈夫だろうということなので、せめてお骨になって帰ってきた母と四十九日で納骨するまではこちらで過ごそうと思っています。19で家を出てから年に数えるほどしか来ることがなかったというのにね。おかしなものです。

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2005.02.13

母親の死とその顛末

なにから書いたものか。

前回、意味不明な書き込みをしましたが、その10分くらい前まではふぐの日ということで、ちょっと贅沢にふぐでも食べてみようかしら、などと思いつつの帰り道でした。11時ごろ吉祥寺に着いたのと同時に携帯に着信がありました。それが実家から。母親は入院しているはずなのになぜ実家から電話が?と思って出てみると、実家から電話をかけてきたのはなんと警察官ではないですか!

要約すると「日本舞踊の稽古を連絡もなしに休んだ母親を心配したお師匠さんが、稽古後にわざわざ家を訪ねてくれたそうで、そのときに明かりは点いているし、テレビの音も聞こえるのに中から返事がないのを不審に思い救急と警察に連絡をしてくれて、レスキューがベランダから室内に入ったところ母親と思われる女性がすでに冷たくなっていた・・・」というものでした。

まあ、なんだかわけが分からず井の頭公園を駅に引き返している間に携帯からアップしたらしいのが前回の書き込みでした。

残念ながら川崎の実家に戻るのに1時間以上かかることから、その間に亡骸は警察署の方へ運ばれることになり、ぼくは弟にとりあえず家に向かうように連絡をとって、深夜、直接地元の警察署に向かいました。

現場に立ち会っていた警察官の方から説明をうけたところ、どうやらぼくに母親から電話があった日に、病院で検査を受けた際、即入院を勧められたそうなのですが、普段元気であった母親は入院の準備をしたいからと、入院を翌日にして帰宅したんだそうです。そして、髪を染めにいったりしていたらしいです。そして、夜、入院の準備をしっかりしてから息子に連絡をとったと。その後、どうやら倒れたようです。電話を受けたぼくは入院するということも、昨年ヘルニアの手術を受けた時のようにまったくなんの心配もないような口ぶりだったので、まったくそこまでの心配はしていませんでした。まあ、だからこのブログにも電話の一件を書いたわけですが。当の母親自身が、まさかこんなことになるなどとは夢にも思っていなかったのでしょうが。結局、死因は心筋梗塞でした。悔やんでももう帰ってはこないわけですが、いやはやなんとも。いくらでも死なずにすんだ要因はあったのですよね。残念ですけれど。

発作が起きたときに処方されたニトロの錠剤を飲んだりしたあとがあったそうです。いろいろと親切に説明してくれた警察官の方は涙をにじませてくれていました。ありがたいことです。警察署の霊安室で対面した母親はとても小さく見えました。また表情が苦しそうな感じで硬直していたのが、とても見ていて辛かった。でも涙は出ませんでした。なんというか、感情が喪失してまっていたというか。

いったんタクシーで実家に帰り、弟が二人揃ったところで、二人を連れて車で警察署にとりあえず母親と対面させるために向かいました。

父親はもう20年以上前に亡くしているので、長男であるぼくが喪主となるわけですが、あんまり突然で何をどうしたものか途方にくれていたわけですが、翌日からは、生前母親と懇意にして下さっていたお友達の方々があれこれと世話を焼いて下さり今日に至ります。明日の日曜日に通夜で月曜日が告別式と、式の本番は、まあ、明日からなので、もうちょっと大変ではありますが、まあ、こうして今回アップできるくらいにはすっかり落ち着いていますので、ご心配なきよう。

この記事に関してはコメントはご遠慮ください。メールは目を通していますが、なかなか返事は書けないかもしれません。

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2005.02.08

狭心症

なんだかんだと好き勝手生きてきているわけですが、こんなぼくにも親はやっぱりいるわけでして。

今朝はバズーカ氏からの電話で起きました。突然のことでしたが、今週の土曜日に行われるミニバイク耐久レースに参加しようとのお誘いの電話でした。突然ですがとても嬉しい電話。がしかし、土曜日は一応休めるはずですが、一週間近く休んだことも影響してたりして、仕事の進行次第では休めないことも充分考えられます。非常に残念でしたが、迂闊な返事は出来ないと思い、今回はお断りしてしまいました。あー、バズーカ氏、ごめんなさい。

仕事は今日はまあ順調にこなすが、またもイレギュラーに細かい仕事がころがってくる。くうう。

基本的に毎週月曜日に鍼の予約を入れているので、今日は定時に帰るぞと強い意志で仕事を切り上げて荻窪の治療院へ。先週からの流れで今日も灸をしてみた。どうも体質的にはあっているようだ。ぽかぽかとラクになる。

さかなやの親戚で金目鯛と大根の煮付け定食を食べて吉祥寺へ移動。11時頃着いたろうか。駅を出たところで母親から携帯に着信。狭心症で明日から入院するのだという。放っておくと心筋梗塞になりかねないらしい。当の本人からの電話なので、それほど心配しなくてもよいのだろうが、思えばかなりいい歳なんだよなぁ。

そんなわけで結局この週末は仕事がなければお見舞いに行くことになりそうだ。どちらにしても耐久レースどころではなくなってしまった。

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2005.02.02

明日から仕事だ

うーん、咳がひどくなり出して一週間、その間月曜日に出社したほかはほとんど寝て過ごしてきました。風邪の諸症状のほとんどは収まり、あとは咳だけですが、これだけはちっともよくなりません。
思えば、部屋の中放し飼いのアルちゃんはほとんど近寄ってもくれないし、どゆこと?と思ったら、あなた、ぼくの咳が尋常じゃなくて、なんか野生生物が呻いているというか、とにかくひどく激しいのが原因らしいじゃないですか。月曜の深夜にはトイレに起きたときにトイレでそのまま咳してて夜食べたものがすべて口から逆流してきたり、そのまま胃が空っぽなのにゲホゲホとゲロゲロが混ざったような感じが小一時間。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃという一人修羅場状態。昨日も一晩中ゲホゲホ布団の中で咳してたりと、これはさすがに避けられてしまいますな。思えば隣近所にもいい迷惑だよなぁ。夜中は一応布団被って大音量でないようにしてはいるけど、声が出ない分、咳だけはひどいからなぁ。

そんなわけで、咳がおさまりませんが、席がなくなると困ってしまうので、明日から仕事に行くことを決心して、これから寝ます。って、咳で眠れないのだけど(T_T)

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2005.02.01

こういう病院ってどうよ/カンフーハッスル

薬が昨日できれたので、今日さっそく病院へ行ってきました。
熱もほとんど下がって問題は咳です。
喉のダメージも相当たまっているので、今日は抗生物質と咳止めを処方してもらいました。
先生も風邪を引いていたようです。マスクをして苦しそうでした。

さて、会計のときになぜか先週の料金の領収書と今日の分の領収書と2枚提示してきて、「合計の・・・円になります」とのたまう。ハァ?先週払った代金をなぜまた今日も払わなくてはならないのか?さっぱり分かりません。「いや、先週ちゃんとお支払いしましたけど」というと目を丸くして、し、しばらくお待ち下さい。と奥の方で事務の方がごそごそと。って、突然倒れて病院に担ぎ込まれたのなら手持ちが足らなくて、とかあるだろうけど、あらかじめ風邪で保険証ももって病院まで出向いているのだから普通それなりのお金も持っていくでしょう?薬の代金も別にかかるわけだし。それともこの病院ってつけが効くのか?それにしても風邪である。また再び通院するかどうかそもそもわからないじゃん。とかいろいろ考えてももてあますくらい待たされて、結局今日の治療費だけ払って帰ってきました。そもそもなんでそんな手違いがおこったのか、とか5分以上も放って置かれた(こちとら病人ですぞ)のにそのへんについてはひとことも触れずに「・・・円になります」とか事務的にいいやがって頭くる。

余計なことにエネルギー使いたくなかったし、そもそも喉がつぶれて今ほとんど声が出ないのであーだこーだ文句いうこともせずにおとなしく帰った私。それにしても、プンプン(さとう珠緒風に)

しかし病院から吉祥寺駅前を経由してうちまで30分近く歩かなくてはならず、この寒空の下結構辛い。仕方なく駅付近で休憩をとった。まわりが暗くてゆったり座れて2時間安静に過ごせる場所で。今日は千円で2時間安静に出来るのでさらに好都合だったし。というわけで、自分のブログのデザインをこんなにしちゃった人までいるくらいなので観てきましたカンフーハッスル。いやもうこちとらふらふらなのですんなり映画を受け入れられます。少林サッカーより楽しめたくらいです。サッカーよりもストレートにカンフーを描いているのでストレートに面白い。とうぜんネオ対エージェントスミス戦などよりもはるかに面白い。ストーリーもCGもかなり荒唐無稽ですが、その荒唐無稽さがこの映画の全てだろうからかなりいい感じです。残念だったのが、笑えるシーン数あれどこちとら喉がつぶれているのでクスリともできなかったことでしょうか(^_^;)

そういうわけでほぼ一日安静にしていたのと抗生物質が多少は効いているのか喉は多少ラクになりつつあるようです。咳は相変わらずですが。

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2005.01.31

咳、ダメダメです

今日はどうしてもぼくが作業しなきゃならない仕事があって、どちらにしても出社する予定でした。朝、ほぼ昨日と同程度な感じなので、このまま勢いで治らないかな、とか考えていたら全然あまかった。
中央線にのったころから咳が再び猛威をふるいまったく止まらない。根性で我慢していると目から涙がポロポロこぼれる、なんか一人で修羅場でした(T^T)
職場に着いてからも結局咳が止まることはなく、隅っこの自席でひっそりと(大音響を発しつつ)仕事してました。
夜、定時を少しオーバーしたあたりでほぼすべてこなし、さっさと帰社。今日は鍼の予約がしてあったので、鍼のかわりに灸を使用してもらう。時々発する大きな咳に先生にも大心配される。体はぽかぽかしたまま家に帰ってきたわけだけれど、咳はいっこうにとまらず、咳止めも尽き、明日も病院にいかなければ。
帰り際に明日はきっと休むと宣言してきたので、そのまま仕事は休んで、今度こそ治さなければ。

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